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広島地方裁判所 昭和28年(わ)141号 判決

被告人 池田[土争]吾

主文

被告人を懲役壱年に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は広島弁護士会所属弁護士であつて、広島県比婆郡久代村の素封家亡高坂景正の家督は昭和一八年七月二一日高坂晃正が相続し、且つその遺産も同人の所有に帰していたが、右遺産をめぐる右景正の妻高坂浪子側と右晃正の実母高坂文子側との紛争事件につき、昭和二一年八月九日頃右浪子より依頼をうけてその訴訟事件及びこれと関連する事務の処理に当り、同二二年五月一三日頃浪子に計り右遺産を文子側の処分より保全する目的で、浪子を代表社員とする旭科学合資会社なるものを設立し、これが右遺産の所有権を有するものの様に仮装させたが、後浪子の姉沢田冨美子を名目上の代表社員として浪子を退社させ更に自からも同社の有限責任社員として入社し、昭和二四年一一月一一日には被告人が浪子及び旭科学合資会社の代理人としてなした訴訟の成功謝礼として右全遺産の三割を浪子より贈与をうける旨の契約を結び、同二六年一一月下旬頃右遺産を一旦旭科学合資会社より浪子に返還させ浪子七、被告人三の持分を有する共有財産として改めて同社に信託する形式をとる等により漸次右遺産の保全売却等につき直接利害関係を有するに至つていたものであり、一方文子側を相手として争つた訴訟はいずれも成功を見るに至つていないのであるが、

第一、一、右遺産の一部である比婆郡久代村大字仲間屋山一八一番地の一山林一町二反二〇歩所在の立木はかねてより申請人高坂晃正被申請人東城木材生産組合外一名間の広島地方裁判所三次支部昭和二二年(ヨ)第一九号仮処分決定に基き執行吏津川修一において占有保管中であることを熟知しながら右場所にこの旨記載して公示した標示札の内

(一)昭和二六年一二月頃に一枚

(二)同二七年二月頃情を知らない井上忠男をして一枚

(三)同年六月中旬頃情を知らない同人をして一枚

をそれぞれ剥ぎとつてこれを破棄し、

二、前記遺産中同村大字小滝向甲六三一番地の三山林五反四畝二五歩所在の立木及び既に伐採した儘同所に置いてある木材は、かねてより申請人高坂晃正被申請人伊藤正彰間の広島地方裁判所昭和二七年(ヨ)第一六一号仮処分決定に基き執行吏津川修一において占有保管しているものであることを熟知しながら同所にこの旨公示した標示札の内

(一)昭和二七年八月頃一枚

(二)同年九月頃情を知らない池田一美をして二枚

をそれぞれ剥ぎとつてこれを破棄し、

第二、情を知らない右浪子右会社の支配人井上忠男等を利用して金員を騙取しようと企て

一、昭和二七年三月二九日比婆郡久代村仲間谷二四七二番地高坂浪子方に於て伊藤正彰に対し「晃正は潜称相続人であつて浪子が真正に相続人であり、訴訟の結果景正の遺産は浪子の所有であることは確定しており旭科学合資会社に譲渡せられその所有になつているものであつて晃正の所有ではないから遺産の一部である比婆郡久代村大字小滝向甲六三一番地の三山林五反四畝二五歩所在の立木を売却するに何等の故障はないから安心して買つて貰い度い」旨虚構の事実をつげて右伊藤正彰をしてその旨誤信させ、よつて即時同人より右山林立木中杉檜の売買手付金名下に金二〇〇、〇〇〇円を浪子に交付させてこれを騙取し、

二、同年八月二七日頃前記高坂浪子方において秋田喜市に対し前記遺産の一部である比婆郡久代村大字仲間屋山一八一番地の一山林一町二反二〇歩、同村大字小滝向甲六三一番地の三山林五反四畝二五歩、同村大字大森山一六五番地の一山林四町四反歩外二筆の各立木は何れも仮処分により執行吏津川修一において占有保管しており又同村大字大段野路九五番地の一、六段四畝外五筆の各立木も仮処分により伐採搬出禁止処分をうけていてこれを自由に伐採搬出することが出来ないのに「訴訟の結果この山林は浪子の所有に帰して現在は旭科学合資会社の名義になつており浪子に売買の権限があるのだから晃正の方で仮処分をしているけれどそれは無効のもので念の為に取り下げてあるからすぐに伐採搬出に着手してよい」旨虚構の事実を告げて右秋田喜市をしてその旨誤信させよつて同所において前記山林を含む一三筆の山林立木の売買代金名下に同人より同月二九日金五〇〇、〇〇〇円、同年九月二一日金一、〇〇〇、〇〇〇円、同年一一月四日金五〇〇、〇〇〇円を浪子に交付させてこれを騙取し、

第三、前記比婆郡久代村仲間屋山一八一番地の一山林一町二反二〇歩の立木等は申請人高坂晃正被申請人東城木材生産組合外一名間の広島地方裁判所三次支部昭和二二年(ヨ)第一九号仮処分決定が執行され同山林所在の杉素材約四〇〇石も同決定に基き執行吏津川修一において占有保管中であつた為、右素材の搬出が出来なかつたところから同山林立木の買主である前記秋田喜市との間に裁判所より和解調書を得てこれに基く強制執行に藉口してこれを搬出しようと企て、山崎簡易裁判所より昭和二八年(イ)第七号立木素材解買戻事件の執行力ある和解調書正本及びこれに基く同年(サ)第三六号代替執行の決定を得た上、昭和二八年一二月二四日及び翌二五日の両日にわたり情を知らない森改次郎宮出一身等をして右山林内において同執行吏が占有保管中であるから搬出をゆるさない旨標示札をもつて公示されている前記素材の内約一六〇石を右和解調書に基く代替執行決定執行名下に搬出させこれを窃取すると共に右執行吏の施した差押の標示を無効たらしめ、

第四、前記遺産の一部である比婆郡久代村下滝一一番地の一、山林七町九反一六歩は前記広島地方裁判所三次支部昭和二二年(ヨ)第一九号と申請人旭科学合資会社被申請人高坂晃正間の広島地方裁判所尾道支部昭和二三年(ヨ)第二六号の両仮処分決定が相交錯して執行され前者については執行吏津川修一、後者については同喜多村浅夫がそれぞれその執行の任にあたり同執行吏等において相競合して同山林の立木等を占有保管中であつた為、これを他人に売却して買受人との間に裁判所より和解調書を得てこれに基く強制執行に藉口して伐採搬出を強行させようと企て

一、昭和二八年八月二〇日高坂浪子をして前記旭科学合資会社名義で同山林の一部を植田義信に対し一四、五〇〇、〇〇〇円で売却させた後吉野簡易裁判所より昭和二八年(イ)第三号土地明渡請求和解申立事件の執行力ある和解調書正本及びこれに基く昭和二八年(サ)第二六号代替執行の決定及びその更正決定を得た上、同年一二月一三日頃より同月二八日頃迄の間に情を知らない森改次郎及び右植田義信の使用人釜田宗治等をして右山林内において前記執行吏等がそれぞれ占有保管中であるから伐採搬出をゆるさない旨標示札をもつて公示してある前記山林の立木約四〇〇石を右和解調書に基く代替執行決定の執行名下に伐採させこれを窃取すると共に同執行吏等の施した各差押の標示を無効たらしめ、

二、右立木の伐採搬出に対し高坂文子側は広島地方裁判所において強制執行停止決定を得ると共に昭和二八年(ヨ)第七〇八号仮処分決定を得て執行吏山本雅楽に執行させ、同山林の立木及び伐採木材を同執行吏に占有保管させる措置をとり伐採搬出を差止める挙に出たので再び吉野簡易裁判所より昭和二九年(イ)第一号山林立木売買代金等請求和解事件の執行力ある和解調書正本及びこれに基く同年(サ)第七号代替執行の決定を得た上、同年三月二七日頃より同年四月一〇日頃迄の間情を知らない森改次郎釜田宗治等をして前記山林内において前記執行吏等がそれぞれ占有保管中であるから伐採搬出をゆるさない旨標示札をもつて公示してある右山林の立木約四〇〇石を右和解調書に基く代替執行決定の執行名下に伐採させこれを窃取すると共に同執行吏等の施した各差押の標示を無効たらしめ、

三、右立木の伐採搬出に対し高坂文子側は広島地方裁判所において強制執行の停止決定を得ると共に申請人高坂晃正被申請人高坂浪子外二名間の広島地方裁判所昭和二九年(ヲ)第一九〇号執行方法に対する異議申立事件につき同年四月一〇日同裁判所のなした仮処分決定を執行吏生田照義に執行させ同山林の伐採木材を同執行吏に占有保管させる措置をとり伐採搬出を差止める挙に出たので更にこれよりさきに山崎簡易裁判所より得ていた昭和二八年(イ)第二号土地明渡請求和解申立事件の執行力ある和解調書正本に基き同裁判所昭和二九年(サ)第一二号代替執行の決定を得た上、同年六月一三日頃から同月一九日頃迄の間に情を知らない森改次郎、村田光雄等をして右山林に於て前記執行吏等(但し生田照義を除く)がそれぞれ占有保管中であるから伐採搬出をゆるさない旨標示札をもつて公示してある右山林の立木約一、〇〇〇石を右和解調書に基く代替執行決定の執行名下に伐採させこれを窃取すると共に同執行吏等の施した各差押の標示を無効たらしめ、

四、右立木の伐採搬出に対し高坂文子側は広島地方裁判所において申請人高坂晃正被申請人高坂浪子外二名間の昭和二九年(ヲ)第三九九号執行方法に対する異議申立事件につき同年六月一九日同裁判所のなした代替執行の停止等の仮処分決定を前記生田執行吏に執行させ同山林の伐採木材を同執行吏に占有保管させる措置をとり伐採搬出を差止める挙に出たので右決定に対し即時抗告の申立をし、即時抗告が執行停止の効力がある旨の規定に籍口して一時停止をうけたその執行力が解除されたと主張して伐採搬出を強行しようと企て、情を知らない森改次郎村田光雄両名をして同月二一日広島高等裁判所に対し右決定に対し即時抗告をさせ、同抗告申立書が同裁判所で受理されるや同月二三日頃より同月二八日頃迄の間に同人等をして前記山林において前記執行吏等(生田照義を除く)がそれぞれ占有保管中である旨標示札をもつて公示してある右山林立木約五〇石を前記和解調書に基く代替執行決定の執行名下に伐採させこれを窃取すると共に同執行吏等の施した各差押の標示を無効たらしめ、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の一の(一)(二)(三)、二の(一)(二)、第三、第四の一(二個)二(三個)三(三個)四(三個)の各封印破棄の点はそれぞれ刑法第九六条罰金等臨時措置法第二条第三条に、判示第三、第四の一、二、三、四の各森林法違反の点はそれぞれ同法第一九七条に、判示第二の一、二の各詐欺の点はそれぞれ刑法第二四六条第一項に該当するので判示第一の一の(一)(二)(三)二の(一)(二)についてはそれぞれ有期懲役刑を選択し、判示第三の封印破棄と森林法違反第四の一の二個の封印破棄及び森林法違反、二の三個の封印破棄及び森林法違反、三の三個の封印破棄及び森林法違反、四の三個の封印破棄及び森林法違反はそれぞれ一個の行為で数個の罪名にふれる場合であるからそれぞれ同法五四条前段一〇条により重い森林法違反の刑中有期懲役刑を選択し処断すべきところ以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文一〇条により重い判示第二の二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させる。

(被告人及び弁護人の主張に対する判断)

一、被告人の当公廷における供述(二五八〇丁以下)によれば、被告人は青壮年時代を教員生活に送り、大正末期に高等試験司法科試験に合格し、弁護士名簿に登録、東京弁護士会に入会し、その後更に日本大学夜間部に籍をおき、法律学を修め、花井卓蔵、堀江専一郎、前野順一等の指導を受けつつ弁護士の業務に従事し、主として民事々件を担当し、民事訴訟法に関しても数多の文献につき研究を重ねていたが、終戦後広島県下に居住するに至り、広島弁護士会に登録換をし、現に弁護士としてその職務にあたつているもので、とくに民事法についても高度の知識人と認めることができるのである。

二、取り寄せにかかる民事々件記録によれば、被告人は

(一)  原告旭科学合資会社の訴訟代理人として、被告高坂晃正、右法定代理人高坂文子に対する広島地方裁判所尾道支部昭和二二年(ワ)第九六号所有権確認請求事件において、判示各山林を含む財産が旭科学合資会社の所有に属すると主張し、これが確認を求めたところ、同裁判所において昭和二三年一二月二八日原告敗訴の判決があり、これに対し広島高等裁判所に控訴の申立をしたこと

(二)  被告高坂浪子の訴訟代理人として原告高坂晃正、右法定代理人高坂文子提起にかかる広島地方裁判所三次支部昭和二二年(ワ)第一三号事件において「被告は原告の財産に付いて管理権並に処分権を有しないことを確認する」旨被告敗訴の判決を受け、これに対し広島高等裁判所に控訴申立をしたこと

がいずれも認めることができるのである。

三、被告人は判示各処分は無効であると弁疏する。しかし、仮処分は争ある権利関係を対象とするもので(初めから係争権利の帰属者につき争があることを前提とするもの)あるから、民事訴訟法は仮処分債務者保護の途を設けているところである。当該仮処分命令が違法であるとするならば、右規定により仮処分命令の取消を求むべきで、ことここにいです、仮処分命令を当然無効であるとする見解は裁判の当然無効を主張するに帰し、とるをえない。次に判示各仮処分の執行方法を査するに、各執行吏の執行方法については遺憾の点がないのでもないけれども各執行吏は仮処分命令を執行した後、自己の執行を調査点検していること、各執行調書に明らかなところである。従つて執行吏の執行方法が違法でありこれを無効であると主張するならば、管轄裁判所に対し執行異議の申立をなしその取消を求むべきであり、これが取消をなさざる限り仮処分の執行は法律上当然その効力を有すること明らかである。

四、被告人は自己が原告訴訟代理人として提起した訴訟において被告が認諾し、これにより判示各山林を含む財産が旭科学合資会社の所有であることが確定した旨弁疏する。しかし、前記被告人の当公廷における供述に徴しても、被告人自身既判力の及ぶ主観的範囲が民事訴訟法第二〇一条の規定に従うべきことを認めているのであるから、被告人主張の岡山地方裁判所津山支部昭和二四年(ワ)第一二六号親族会決議確認事件その他の事件が認諾或は和解に親しむ事件であつたとしても、これらの認諾或は和解が何人にも対抗しうる絶対的効力があるとはいえない。被告人はとくに広島地方裁判所福山支部昭和二六年(ワ)第一三二号所有権確認請求事件があることを強調する。しかし同事件は被告人が原告訴訟代理人として原告旭科学合資会社、被告高坂晃正、右法定代理人兼被告高坂浪子、被告高坂文子間の訴訟であるが、被告高坂文子に対する訴は間もなく取下げ、被告高坂晃正法定代理人兼被告高坂浪子により「原告の請求の趣旨及原因の全部を理由ありとして肯認し、その請求の全てを認諾する」旨陳述されたものに過ぎない。これを前記二に認定した事情、右事件において被告高坂晃正に対する関係で、高坂浪子が正当な法定代理人であることの釈明を求められ、これを留保中に該陳述がなされたものであること、同裁判所(福山支部)が右訴につき訴訟終結と認めることなく、次回期日を指定していること、被告人は原告訴訟代理人として右期日指定に異議の申立をしたが、同裁判所はこれを理由なきものとして却下したこと、被告人はこれに対し広島高等裁判所に抗告したこと(高裁において昭和二七年二月四日抗告を受理、昭和二八年六月一五日抗告取下)該事件記録に徴し認められるところである。しかも右事件は前記二(一)記載の事件と殆ど同一訴訟物にかかり、単に被告人が訴状において被告兼高坂晃正法定代理人と表示したに過ぎない高坂浪子の前記陳述により、判示山林を含む財産が旭科学合資会社の所有と確認さるる理なく、これより訴訟が終結したとはいうをえないこと明らかである。

五、被告人は高坂晃正を申請人とする仮処分は全部取下、仮処分解除届が提出されていると主張する。しかしながら、証拠によれば高坂晃正を申請人とする各仮処分はその法定代理人高坂文子によりされ、その委任により執行されたものである。被告人主張の取下解除は高坂晃正法定代理人高坂浪子によりされたものである。若しそれ仮処分の申請が正当な法定代理人によりされなかつたと主張するならば、それは民事訴訟法第七五六条第七四四条により異議を申立て、仮処分の取消を求むべきで、該仮処分取消の判決をえて、仮処分の解除を求むべきである。ことここにいでず、前記二において認定した事情に拘らず、高坂晃正法定代理人高坂浪子名義の一片の取下書乃至仮処分解除届が提出されても、高坂浪子において高坂晃正を法律上代理する権限を認むるに由なく、取下乃至解除の効力を認めえないこと言をまたないところである。

六、被告人は強制執行は仮処分に優先するから、強制執行により仮処分を侵害しても、刑法第九六条にあたらないと主張する。なる程、強制執行の基本となる債務名義の有する既判力の範囲内の仮処分であるならば、その仮処分は債務名義に対抗しえないであろう。しかし判示各仮処分と被告人が強制執行(代替執行)の債務名義とした各和解調書正本とは、いずれもその当事者を異にし、判示仮処分により既に執行吏の保管にかかる立木、伐採木を、その保管者である執行吏の承諾なくといわんよりも、その意に反して伐採搬出したのであるから、その違法、不当たるや明らかなところである。(大正四年七月一日司法省民第一、〇二三号法務局長回答参照)しかも右各和解調書は判示山林(立木を含めて)が旭科学合資会社の所有であることを前提とする。その然らざること前記四において説明したところであるが、民事訴訟において当事者の一致した供述が裁判所を覊束することを巧に利用した和解調書というべきである。しかも右和解調書は真実争ある権利関係を和解するというよりも、仮処分命令の執行により執行吏の保管中にかかる立木伐採木を伐採搬出することを意図した裁判上の和解であること、判示認定に引用した証拠により明らかであるから、これによる強制執行の違法、不当なること、これ以上説明を要しないところである。

七、更に被告人は広島地方裁判所昭和二九年(ヲ)第三九九号執行方法に対する異議申立の仮処分決定に対し、即時抗告を申立て、これにより原決定に執行停止の効力があると主張する。

この種の決定に対し、即時抗告ができるか否かに関しては学説、実務上見解が岐れているところであるけれども、積極説をとる見解においても、原決定の執行を停止するという効果を認めないところである。けだし民事訴訟法第四一八条が「抗告ハ即時抗告ニ限リ執行停止ノ効力ヲ有ス」る旨規定しているけれども、同法にいう即時抗告を認めた場合(同法第三三条、第四一条後段、第一〇〇条第三項等々)において、確定をまたずして効力を生ずる場合なく、同条の規定は実質的に無意味であるからである。若しそれこの種決定に対し即時抗告をなしうるものとし、その抗告により右法第一項のごとく右停止決定の効力が停止せられるものと仮定せよ、抗告人たる債権者は、右抗告の申立に引続き、直ちに強制執行を続行し、抗告裁判所の裁判をまたずして強制執行を完了するに至る。誰かかかる見解を是認しえんや。

八、弁護人は右三乃至六について被告人の見解が誤つていたとしても、被告人はかく解しこれを信じていたのであるから、民事法規の誤解に帰着し、事実の錯誤であると主張する。よつて検討するに

(一)  高坂浪子は証人として(二〇八一丁)仲間屋山に仮処分がしてあつて、その公示札は池田弁護士がとつたのですが、前の証人調の時には池田弁護士から「絶対に儂がとつたと言つちやいけん、取つたといえば儂も有罪になるし、あんたも共犯になるから取つたと言つちやいけん」と教えられていたので、四、五年も経つているから村の者が怨んでいるから取つたんでしようと言つたのですと述べていることからみても被告人が判示仮処分を無効なものと信じていたとは認められない。

(二)  被告人が当公廷において陳述した上申書中(二一二九丁)「亡高坂景正の遺産全部について広島地方裁判所福山支部昭和二六年(ワ)第一三二号原告旭科学合資会社訴訟代理人池田浄吾、被告高坂晃正、同高坂浪子、同高坂文子訴訟代理人木島次郎間の所有権確認等請求訴訟事件の確定判決と同一の効力を有する同年一一月一日の認諾調書に拠つて原告旭科学合資会社の所有なることに既判力を以て確定致したのである」と主張し、これと同旨のことを各所(二一一四丁、二一二四丁)において主張する。右によつてみれば被告高坂晃正、同高坂浪子、同高坂文子訴訟代理人木島次郎弁護士により認諾されたと主張するものと解せられる。しかし同年一一月一日の法廷に出頭した被告は高坂晃正法定代理人兼被告高坂浪子のみであつて、被告高坂文子は単に訴状において被告として表示されているに過ぎず、これに対する訴は取下げられていること前記のとおりである。即ち高坂文子に対する訴は民事訴訟法第二三七条第一項により「初ヨリ繋属ナカリシモノト看做」されたものである。被告人は右訴訟事件の法廷に原告訴訟代理人として出頭し、被告人の主張する陳述(認諾)が高坂浪子によりされたことを知悉しながら高坂文子や木島次郎弁護士が在廷していなかつた事実を諒知しながら、敢て訴状における当事者の表示、乃至民事記録の表示を引用して、いわゆる認諾がこれらの者についてもなされたかのごとき表現をするのである。どうしてこれを法律の誤解といえようか。

(三)  高坂浪子は検察官に対し(三二六三丁)広島地方裁判所福山支部昭和二六年(ワ)第一三二号所有権確認請求事件が池田弁護士の言われるには、この事件は被告の私が法廷で原告の請求を総べて認諾し文子の分は取下げたので確定判決と同一の効力を持つて終結し、亡夫の遺産はすべて旭科学のものに裁判上も確定したと言われ、報酬契約に基いて亡夫の遺産全部の三割を差上げることにしたのであります。ところが本年(昭和三〇年)二月初池田弁護士は右の終結確定しているといつていた訴訟に個人として参加しました。これはどういう理由で参加したのか知りませんが、自分が原告旭科学の代理人弁護士として被告の私をして原告の請求通り認諾さして訴訟は既に終結し、亡夫遺産は全部旭科学のものと裁判上も確定したといつておきながら参加したのですからその訴訟は未だ終結していないことは明らかでありまして、それを池田弁護士がわからん筈はなく、わかつていたから参加したのであると述べている。これによれば被告人自身が右事件につき認識していたところを知ることができるのである。

右認定の外前記一において認定した事情、その他記録に現われた各般の情状並びに被告人は現に弁護士として常に深い教養の保持と高い品性の陶やに務め、法令及び法律事務に精通していることに鑑みるときは、弁護人主張のように被告人が民事法規を誤解していたものとは到底認めることができない。それ故弁護人の右の主張はとるをえない。

以上により主文のとおり判決する。

(裁判官 小竹正 村田晃 青山惟通)

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